東京恐怖症

   DIE TOKIOPHOBIE

西貢游記(1)

 さて,「ホーチミン(市)」と「サイゴン」,ここではどちらを採用しましょうかねぇ(迷)。イデオロギー,というか当該国の現政権への態度に関わるような名称には割と敏感な方で,たとえカジュアルな会話であってもつい意識してしまう。「朝鮮」と「韓国」の問題はあまりにも有名だが,他にも「ビルマ」と「ミャンマー」とか,「2008年」と「平成20年」(と「皇紀2668年」?)とか,とにかくいつも一瞬迷う。
 「西貢」は"Saigon"の中国音による当て字なので,バランスをとって(?)ホーチミンの方,ただ,人物との区別および簡便を期して「HCMC」という略称を使ってみますか。


<8月17日>
 朝飯は屋台(普段は朝なんか食わない癖に)。バックパッカーエリアをちょっと離れると,もう英語は一切通じないと考えた方がよさそうだ。おかずを指さして白ごはんの上に盛ってもらい,いずれ崩す必要があると思って10万ドン(約600円)札を渡す。値段などどこにも書いてないので,お釣りを誤魔化されてないかどうか確かめる術はない。
 何はともあれうまい。例の細長い香り米が出てくるといつも嬉しくなる。醤油で炊いた鶏や海老は甘口で,九州の味に近いと思った。

 暑い中夢見がちな眼(?)でふらふら歩いてるのは旅行者と相場が決まっているもので,至るところでバイクタクシーのおっさん(といってもそういう免許があるわけじゃなく,要するに乗せてやるから金よこせということ)に声をかけられる。それだけバイクが多いということでもあるが。
 そう,ベトナムのバイクの多さは有名なのだ。だが,ここまで滝のように道にあふれているとは思っていなかった。小回りが利く分,道路の無秩序ぶりは一見中国を凌ぐ。列の前方が停まったと思ったら後方の者が隙間から飛び出してきたりして,大通りを渡ろうとすると一瞬怯むが,ここはリメンバー・ザ・中国。昔取った杵柄とばかりに足を踏み出す。バイクは手前でひょいとよけてくれるので,慣れれば車ほど怖くもない。渡り切るコツは,一歩一歩落ち着いて進み……流れの真ん中で一人立ち止まるのを恐れないこと,ですね(傲)。

 続いて,まずはHCMCのシンボル的なものをカメラに収めて安心しようと思い(錯),歩いて統一会堂(旧南ベトナム大統領官邸)へ。

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 その正門から垂直に走る通りを5分も歩くと,サイゴン大教会

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と,中央郵便局。

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どちらもバリバリの現役。

 地図を見ると,ちょうど目の前がHCMCの「おしゃれなストリート」と『地球の歩き方 ベトナム 2008〜2009年版』(以下「ガイドブック」と略記)にあるドンコイ通り。経路を考えて歩いてるわけじゃないのに,我ながらいい勘してるな。高級店の並ぶ通りをサイゴン川に向かって歩く。確かに周囲と比べると小洒落た感じはあるが,人通りはそんなに多くなく,予想より小ぢんまりとした印象。

 と,雲行きが怪しくなり,ほどなくして雨。あっという間に土砂降りになり,雷も鳴りだす。あわてて近くの店の軒下に避難。そこへ,「どんだけ〜」,「おっぱっぴー」,「アイーン」と叫びながら日本語使い登場(鬱)。あーキタキタキタキタ……某国では数年前「スズキムネオ」,「アサハラショーコー」と言うやつに絡まれたが,そんなのとっくに廃れたか。
 はい。バイクで市内を案内してくれるってのは言われなくても判るんです。だけど,誰がわざわざこの雨の中好き好んでバイクで観光しますか? と思いつつ,こっちも暇なので話し相手になってもらう。1時間5ドルだとか,飯も土産屋も安いところに行くとかしつこく言われても,相場を知らないのでこっちは判断のしようがない。
 とはいえ,こちらも特にすることが思いつかない(1日目の昼にしてこの有様)ので,交通機関と考えればいいかと思い直し,雨が上がって再び陽が差し始めたところでついにバイクの後部に跨ってしまった。目指すは都心から5キロほど離れたチャイナタウン,チョロン。風を切って走ると,東京より涼しいくらいだ。と,鼻歌まで出そうになるのも束の間,また空が曇ってぽつぽつ降り出した。

 まず,昼飯に連れて行ってもらう。おっさんも食うのかと思ったら外で待機。良心的じゃないですか。現地人が一杯で,ベトナム語のみのメニューもちゃんとあるので,変な店ではない。味もまたまた満足。

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 左は言わずと知れた生春巻(ゴイ・クォン)。右はベトナム版お好み焼き(バイン・セオ)で,海老・豚肉・もやしたっぷり。

 が,食ってる最中に外はまた土砂降りに(愕)。薄いポリ袋みたいなレインコートを買ってきてくれるなんてえらい親切な(涙)。ただ,あいにくそれで防げるレベルの雨じゃなかった。水はけに問題があり,通りによってはすでに深さ50cmほどの川と化している。

 なんとか頑張って,天后宮

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 これはまあ中国そのものですね。

に辿り着き,雨が弱まるのを待つも甲斐なく,濡れながらこのエリアの中核とも言えるビンタイ市場へ。案の定のお土産攻勢。値段はまずドルで言ってくる。何を見せられても,一切相場がわからないので安いのか高いのか判らない。それに,驚くほど「欲しい」と思えるものがなく,自分でもちょっと寂しくなってしまった。仮にめちゃ安なんだとしても,欲しくないもんはしょうがないわな。

 一体なぜこんなに何も欲しくないのか,自分でも解せない。女に生まれていたら,アオザイの1着でも買えるのにな,と変な溜息をつく(嘆)。これは果たして禁欲なのか。いや,放縦に生きてる結果がこれなんだから,少なくとも本質としての禁欲ではないだろう。ただ,要するに消費行動に積極的でないという意味で,現象としての禁欲と呼ぶ分にはどうかと思い直し,こういう存在は市場経済にとって無益なのか無害なのかはたまた有害なのか,M.Weberだったら何と言うだろう,などといろんなことが脳裏を去来することひとしきり(妄)。
 いずれにせよ「欲しいもの」が見当たらないのはどうしようもないので,とりあえず「欲しくないもの」を見極めて片っ端から削り,捨てていく。ここ何年かは,そんな作業ばかりやってきたような気がする。そうした後に残ったものが,本当に「欲しいもの」なんだろう,という(淡い)期待を持って。

 閑話休題。最後に案内してもらったのはコーヒー豆の店。飲ませてもらったコーヒーはうまかったが,いざ買おうという段になると,相場を知らなくてもおったまげるようなふっかけぶり。結局おっさん,果たしてどの程度親切だったのか,市場でろくに買わなかった(必需品のシャンプーと歯磨き粉は買った)のでへそを曲げたのか,あるいは焦ったのか今に至るもよく判らない。

 結局夕方まで雨。何も調べてなかったが今は雨期に属するようだ。ホテルに戻って一休みすると,ようやく雨が上がり,この日はこれ以上降ることはなかった。

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 HCMCの黄昏。

 今回は,大した理由もなく一つ自分でルールを決めた。「ビールは暗くなってから」(拘)。晩飯の頃合いになり,待ってましたとばかりに外へ出る。(つづく。長い。先が思いやられるペースだ)

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